大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和29年(ネ)317号 判決 1955年6月30日

控訴人 多坂岩吉 外十一名

被控訴人 柳原佐七

主文

原判決を取消す。

控訴人等が原判決添付目録記載の物件についてそれぞれ十四分の一の持分を有することを確認する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、控訴人等が原判決添付目録記載の物件につき、それぞれ十四分の一の持分を有することを確認する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、本件鰛網組合は愛媛県温泉郡神和村津和地に存する他の網と同じく、数十年の歴史を有し、島民の経済生活上自然の必要により発展し来つたものであつて、その組織、活動等共同体の実体は慣習により形成せられて現在に至つたものであるが、所謂「社内」とは網についての共同経営者或は網を共同で有する者を指称し、網組合組織体の構成員である。社内となる際には別に金銭出資等はなさないけれども、出資は組合加入と同時になすを要しないことは勿論であり、また金銭でなく労務、信用等でも出資の目的となり得るものである。社内となつたものは、社内としての責任即ち事業の損益が自己に帰属し、組合に債務を生ずる場合には組合員として分割債務を負担する関係に立つから、漁期には必ず出漁しなければならない束縛を受ける。これは社内なるが故に負う一種の労務提供の義務である。漁期前には網の補修、釜の準備、漁舟の底焼その他出漁のための準備をしなければならず、漁撈の終つた後の漁舟の格納その他諸物品の整頓保管等は全てこれ亦社内なるが故に提供する労務である。これら労務の対価は畢竟天引される分金であり、共同事業の財産の充実として結果的に現われるのである。脱退の際の持分の払戻は組合の本質的な問題ではなく、個人の権利に関する問題たるに過ぎない。共同事業に属する財産はその共同事業の目的を達するために必要なる一個の財団であつて、その一団の財産が構成員の脱退により持分払戻によつて脅威を感ずることは好ましいことではない。それ故民法は組合財産につき、清算前に分割の請求をなすことを禁止し、持分処分の効力を制限し、組合債務者の相殺を制限しているのである。従つて脱退の際持分の払戻をなすか否かはその事業体が組合なりや否やを決定するものではない。本件鰛網組合は慣習により発展したものであつて、脱退の際払戻をなす慣習がないのである。また社内が任意に脱退するのであるから、現実の問題として社内として労務を提供した代償は社内としての待遇によつて償われているのである。社内は年に数回前記分金により酒食をなし、且つ漁期には家族全部が当然その網によつて生活することができる特権がある。元来網は一定の人員を要し一人或は二人の社内では成立たないため社内が必要数以下に減少すると、新たに加入を依頼して必要数に増加せしめるが家族が少なく社内になつているのみでは生活できぬ場合は任意に脱退するのである。漁村のこととて社内といつても売買処分するが如き財産的価値ある持分は現実の問題として存在しないのであると陳述し、

被控訴代理人において控訴人は神和村津和地所在の網元は四統存在するが何れも組合組織であると主張するが、右網の中玉井網は玉井音蔵の父祖の個人出資と推認でき、また池田網は一部共同出資で特定の社内が脱退の時は清算したことのあることが窺われ、社内全員が組合員なりや一部雇傭関係なりやも甚しく不明である。斯の如く玉井網、池田網の両者すらその内容を異にしているのであつて、津和地所在の本件柳網を含めて総て組合組織なりと断ずることは何等根拠のない妄断であると陳述した外、原判決摘示事実と同一であるから、茲にこれを引用する。

<立証省略>

理由

控訴人等が愛媛県温泉郡神和村字津和地に存在する柳網と称する鰛網漁業の「社内」と称せられる者であつて被控訴人と共に鰛網漁業に携つていること、柳網における水揚は、漁業のための必要経費(油代、薪炭代、塩代、飲食代等)を控除し、その残高の二割を更に控除し、残額八割を社内及び引子の日役賃として各人の現実の労働日数に応じて配分されていたこと、津和地には柳網の外、池田網、若島網、玉井網なる三統の鰛網の存することは当事者間に争がない。

そして原審証人西村八五郎、同若島音太郎、同福見喜三郎、当審証人山本初次郎、同玉井音蔵、同網場留吉、同福田信政の証言を綜合すれば、

右三統の網は、その成立の過程において必ずしも同一でないものがあるが、何れも社内により構成せられ、社内の中所謂「宿」即ち社内の集合場所を提供するものを「網元」と称し鰛網漁業の経営も、経理に関する事項は社内全員が宿に集合して協議決定し、漁業に必要なる施設、資材は通常網元に保管せしめまた外部に対しては通常網元をして網を代表せしめていること、水揚の分配方法は、まずこれより漁業に必要なる通常経費(油代、薪炭代、塩代等)を控除し、その残額の二割を歩金として更に控除し、八割を社内及び引子と称せられる労務者に対する日役賃として現実の労働日数に応じて分配するが、網元に対しては世話料として特に一人分の日役賃を加算支払つていること、引子は出漁の際随時雇われて網曳の労務に服するのであるが、社内は出漁の前後にも漁具の整理、格納等の労務に服するのみならず、漁船、漁網その他の漁具、格納庫等漁業経営に必要なる施設、資材を設備修理してこれを整備維持することもその共同責任に属し、これら施設、資材を設備、修理する費用は、前記二割の歩金中から支出し、余剰あるときは社内(網元を含む)全員に平等の割合をもつて分配せられること、当初網を設立する際、特定の社内が金銭、或は漁業に必要なる設備資材を出資したか否かに関係なく、設立後においては、漁業経営に必要なる施設及び資材は社内(網元を含む)全員の権利(持分は平等)に属するものとされていること、特定の者が社内となる場合には他の社内全員の承認あれば足り、金銭その他の財産を出資することを要せず、また社内を辞任し脱退する場合にも他の社内全員の承認を得れば足り、脱退と同時に漁業経営に必要なる施設、資材に対する権利を当然喪失しその際持分を金銭に評価してこれを払戻す等のことをしていないことが認められる。

本件柳網も前記三統の網と同じく津和地において鰛網漁業を行いこれと同じく社内、引子と称せられる者を有し、水揚より必要経費を控除した残額の二割が何人に配分せらるべきものであるかの点は別として、前記三統の網におけると同様の方法によつて水揚が処分せられることは冒頭記載の通りであるから、本件柳網の組織、社内の権利義務、前記二割の金員の配分方法等も、反証なき限り、(本件においては反証の徴すべきものは何もない)前記三統の網におけると同様なるものと推認すべく、被控訴人が前記三統の網における所謂網元たる地位に存る者であることは原審における控訴人多坂岩吉、当審における控訴人鴻池徳蔵各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合してこれを認めるに困難ではない。

以上認定の事実に徴するときは、本件柳網及び前記三統の網は何れも組合に類似するものであつて、民法中組合に関する規定と前記認定の津和地における慣習とによつて規律せられるものと解するを相当とすべく、従つて漁業経営に必要なる施設、資材等の財産は各社内(網元を含む)の共有(厳密なる意味においては合有、以下同じ)に属し、その持分は平等なるものといわなければならない。

被控訴人は、本件柳網は被控訴人の父祖の創始(約六十五年前)にかゝり、漁業経営に必要なる施設、資材一切は、被控訴人の父祖及び被控訴人の負担において購入設備したるは勿論、その維持、修繕も被控訴人の父祖及び被控訴人においてなしたものであると主張するけれども、被控訴人の父祖が本件柳網設立の際、漁業経営に必要なる施設、資材を出資したとしても、前記認定に反するものでなく、また設立後被控訴人の父祖或は被控訴人が自己単独の負担において、施設、資材を維持修理したとの点に関する乙第一乃至二十七号証の各証、同第二十九乃至三十一号証、原審証人亀川与八の証言、原、当審における被控訴人本人尋問の結果は後記証拠に照らし採用し難く、却つて成立に争のない甲第二号証、乙第二十八号証に原審における控訴人多坂岩吉、当審における控訴人鴻池徳蔵各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、柳網経営に必要なる施設、資材は昭和二十年における大風水害によつて流失滅失し、現存の施設、資材はその後に設備、修理せられたものであるところ、これに要する費用は、或は社内中の一員より立替支払を受け、その後前記二割の歩金をもつてこれを弁済し、或は直接二割の歩金をもつて支払に充当し、被控訴人は網元として柳網を代表して施設資材の設備或は修繕に関し第三者と契約をなし、或は代金の支払をなしたことはあるが、右二割の歩金以外の自己の金員をもつて設備或は修繕をなしたことのない事実が認められる。

また被控訴人は、被控訴人の父祖及び被控訴人は網元として控訴人等の父祖或は控訴人等を鰛網漁業の労務者として雇傭したことはあるが、これと組合契約を締結したことなく、労務者中雇傭期間の比較的長期の者を社内、毎漁期毎に臨時に雇傭する者を引子と称するに過ぎず、社内として加入するに際しても財産を出資し或はその提供する労務を評価したことなく、脱退に当つても持分の清算をなしたことがないと主張するけれども、柳網における社内が網元の雇傭する労務者に過ぎないことを認むべき確証なく(この点に関する原審証人亀川与八の証言、原、当審における被控訴人本人尋問の結果は採用し難い)、却つて成立に争のない甲第二号証、乙第二十八号証、原審における証人西村八五郎の証言、控訴人多坂岩吉本人尋問の結果、当審における控訴人鴻池徳蔵本人尋問の結果を綜合すれば、本件柳網においても社内は網元に雇傭せられる労務者ではなく、網元と共同して事業を営む者であることが認められ、また社内として加入するに際し労務を出資することを約し、網の財産に対する持分は平等とせられることは前記認定の通りであつて、脱退の際持分の清算をなさざることは、前記認定を覆えす根拠とするに足りないから、社内となるに際し財産を出資せず、その提供する労務も特に評価することなく、また脱退に際して持分を清算しないとしても、柳網が組合に類似する団体であることと矛盾するものではない。(なお当審における控訴人鴻池徳蔵本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件柳網及び他の三統の網においては社内として加入するときは、その当時における網の既存債務を負担する一方、網の財産に対する共有権を取得し、脱退の際には網の債務を免れると共に網の財産に対する共有権を喪い且つ持分の払戻を受けない慣習が存在し本件当事者もこれによる意思を有しているものと認められるが、善意の第三者に対する関係は別として、斯の如き慣習の当事者間における効力を否定すべき理由はない。)

更に被控訴人は、被控訴人の父祖経営当時においては水揚より必要経費を控除した残額の三十乃至四十パーセントを網元の所得としていたのであるが、現在においては二十パーセントを企業者としての危険負担料並びに資材に対する原価償却金として網元たる被控訴人一人の所得としているのであると主張するけれども、この点に関する原審証人亀川与八の証言、原、当審における被控訴人本人尋問の結果は直ちに採用し難く、他にこれを認むべき確証がない。

よつて進んで控訴人等が共有持分権の確認を求める原判決添付目録記載の物件が現存するか否かについて按ずると、被控訴人は右目録記載の物件中(二)の櫓八挺、(三)、(四)の物件及び(五)の大釜一箇、むしろ五百枚、かご千箇は他の物品と共に控訴人等が昭和二十八年二月末日頃及び同二十九年四月六、七日頃の二回に被控訴人方から不法に持出し現存しないと主張するけれども、弁論の全趣旨に徴すれば、右物件の存在の場所は別として、現在なお存在するものと認めるを相当とする。

また控訴人等は訴外西村亀太郎も柳網の社内であるとして十四分の一宛の持分権の確認を求めているが、同人が柳網の社内であることを認むべき証拠がないので、控訴人等の持分権は十三分の一宛となる訳であるけれども、控訴人等の申立の範囲を超えることは許されないから、原判決添付目録記載の物件に対し十四分の一宛の共有持分権を有することの確認を求める控訴人等の本訴請求を認容すべく、これと結論を異にする原判決は取消すべきものである。

よつて民事訴訟法第三百八十六条第九十六条、第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 前田寛 太田元 岩口守夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例